人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Team Beko teambeko.exblog.jp

シリアを応援するチームです!


by team-beko

シリアの小児がんの状況

シリアは社会主義体制の国です。
医療に関しては基本無料です。しかし、1979年からアメリカはシリアをテロリスト支援国家として経済制裁を課してきました。当時は、イスラエルとの戦争で、パレスチナの武装グループの支援や、南レバノンでイスラエルと対峙するヒズボッラーとの支援であり、いわゆるアル・カーエダのような国際テロの文脈とは異なっています。
https://imidas.jp/genre/detail/D-121-0079.html
湾岸諸国と違い石油がほぼ取れないシリアは、国の財源は厳しい状況です。
一方日本との関係は、湾岸諸国が、パレスチナ側に立っていたので、石油財源の確保のためにシリアとも友好な関係を築いてきました。
さて、シリア国内の小児がんの病院ですが、専門病院は国立で、ダマスカスの中心部に、子供病院があります。

子ども病院は、17床の入院患者と毎週200人ほど外来患者がいますが、設備は老朽化しています。
シリアの小児がんの状況_c0395268_13274331.jpg
ダマスカス子ども病院(2008年撮影)

ダマスカス郊外(いわゆる東グータ)にあるベイルーニ―大学病院に2009年に小児がん専用病棟ができました。
20人の入院患者を収容でき8の外来ベッドを設置。資金提供に活躍したのがBASMAという現地のNGOです。
シリアの小児がんの状況_c0395268_14270133.jpg
ベイルーニ―大学病院(2009年撮影)


2006年に12人のボランティアが始めた。
2008年に Childfood cancer international に加盟
大統領決済で2009年ベイルーニ大学病院の小児がん病棟と契約し、BASMAが運営に資金提供
アメリカのST JUDO Hospital と提携
アメリカの経済制裁が発動されても、ベイルートを介して技術支援を受けている。
7000人のがんの子どもがシリアで治療
650人がBASMAが支援 
生存率(2009年ー2013年の調査)50%

内戦とがん治療の問題点
①病院が攻撃対象に
内戦が始まるとダマスカスで中心的ながん治療を行っていた病院は窮地に立たされます。
先ず、政府が所有する病院ということで反体制派からは、プロパガンダに使われているとされ攻撃対象になりました。
病院では、けが人が担ぎ込まれます。兵士の場合味方だけを治療する。あるいは、敵だとみなされて病院にいくと治療をしてもらえない、あるいは、反体制派であれば逮捕されてしまうかもしれないと恐怖を抱くようになります。「戦闘員を治療する」病院も攻撃対象になってしまいました。
外科の場合は野戦病院でもなんとか応急手当てができますが、小児がんの場合は、2-3年間定期的に薬を投与しなければいけないのです。
シリアの小児がんの状況_c0395268_14484203.jpg
ベイルーニ病院に行く途中は激しい戦闘
②交通網の遮断
病院に行けない子供たちが増えました。反政府支配地域にいることどもたちは政治的には無関係でもレッテルが貼られてしまいます。
結果ヨルダンやイラクに難民として避難し、第三国での治療を受ける子どもたちが増えました。
しかしヨルダンやレバノンでの治療は有料です。一人数百万かかり、なかなか援助してくれる人も見つかりません。運よく病院に受け入れてもらっても、生存の可能性が低いがんの場合は、そこにはお金を費やせないとして治療をしてもらえないケースもあります。イラクは基本無料ですが、治安がもともとよくなく、クルド地区に限られ、そこにアクセスできるのはクルド人だけでした。
シリアの小児がんの状況_c0395268_15320871.jpg
イラクの難民キャンプで親戚のテントで暮らすシリア難民のがん患者

③経済制裁による医薬品不足
最近ではダマスカスの治安は非常に安定しており、町を普通に歩くことができます。難民も帰還する人たちが出始めています。しかし、経済制裁が続き、USAやEUは、アサド政権が政治的に終わらない限り復興支援は見合わせるという方針を出しています。
シリアポンドも1/10まで価値が下がり、時に抗がん剤は輸入に頼っているので医薬品不足が深刻です。

④内戦による分断
そのような状況でも日本政府はWHOを通して人道的な支援の一環として、シリア保健省に抗がん剤の支援を行ったとの情報があります。本来医療と政治は切り離して、必要な子供たちに支援が届かなければなりません。
体制の支援とか反体制派の支援というレッテルではなく、がんの支援に関しては2-3年間の継続した医薬品の投与が必要になってくるので、すべてのセクターが協力し合い、特に地方の子どもたちに関しては、安全に病院に通える保障と交通費などの経済的な支援、地域での投薬の可能性など特別な配慮が必要とされています。
また、難民の子どもたちが、海外で治療を続けるのがいかに困難かを考えたら、シリア国内での治療の充実を目指すべきです。



# by team-beko | 2020-03-22 15:40 | 医療支援
どうして赤ベコなのか?

 皆さんは、福島の会津地方に伝わる張り子の玩具赤ベコをご存じですか?
どうしてベコなのか?赤ベコで平和を作ろう_c0395268_01492558.jpg
2011年、東日本大震災による福島原発事故後は復興のシンボルとなりました。なぜ赤ベコが復興のシンボルになったのでしょうか?
今から600年くらい前に会津地方で地震があり円城寺を言うお寺が倒壊してしまいました。再建しようと材木が集められましたが、過酷な労働に、荷物を運ぶ牛たちが途中で命を落とします。その時赤毛の牛がやってきて、荷物を運び、お寺は無事に再建したという伝説があります。

 張り子の玩具は、蒲生氏郷が、1590年に会津藩主になり、城下町の開発に力を注ぎました。下級武士の内職として京都から張り子職人を招いて、技術を習得したのが会津張り子といわれ、先述した赤ベコ伝説から赤ベコが張り子として作られました。
当時天然痘が流行しており、子どもたちを病気から守るために、縁起のいいものということで赤ベコが選ばれ、黒いぶちは天然痘のかさぶたを意味しており、こどもたちのかわりに張り子の赤ベコが重荷を背負うという意味があるそうです。
赤ベコが、東日本大震災からの復興のシンボルとして選ばれたのも納得ができます。

私たちTeam Bekoは、赤ベコ伝説にあやかり、2018年、シリアに赤ベコを持っていき、小児がんの子どもたちにプレゼントしました。
シリアの平和と復興のために、この赤ベコをアイコンに使いながら、活動していこうと立ち上がったのがチームベコです。
どうしてベコなのか?赤ベコで平和を作ろう_c0395268_01364453.jpg
赤ベコ伝説発祥の地、柳津にある円城寺
どうしてベコなのか?赤ベコで平和を作ろう_c0395268_01411683.jpg
赤ベコの老舗、荒井工芸で修業するスタッフ



# by team-beko | 2020-03-22 01:50 | 医療支援