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孤児たちのストーリー2「公園出身」

ダマスカスの孤児院で生活を送る「公園出身」の少女ルカイヤのお話です。是非こちらも多くの方に読んでいただければと思います。
田村雅文
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幼い頃の記憶は、あまりに酷く、嬉しかった思い出は一切なく、話す度にいつも涙がこぼれます。他の子どもたちのように、暖かい家に住んだ記憶はなく「家」という言葉の意味を知ったのはつい最近でした。私はいつも路上や公園をさまよっていて、木の下や路上のベンチで寝る生活を送っていました。寒い日も暑い日も、疲れたり病気にかかった時も、他に選択肢はありませんでした。
母と生活を共にしていましたが、母は「母性」を知らない人でした。私は毎朝早く母に叩き起こされ、道や公園を歩く人々に物乞いするよう強いられました。私はいつも破れた汚い服しか着られず、母の心無い暴言によって、幼い私の心・感性はとても傷つけられました。
なぜ私の人生はこんなに惨めで、なぜ心はいつも悲しみでいっぱいなの?私の人生は暗くなっていくばかりでした。
生まれてからずっと、「家族」の意味を知りませんでした。父は早くに他界し、名前しか知りません。母の再婚相手(義父)は、母と同じくらい理不尽で非情な人間でした。母の束縛から逃れたところで、義父の絶え間ない暴力が待っていました。
戦争中も、私はホームレス状態で、公園の周りに爆弾が落ちる音を、虚ろに聞いていました。安全な避難所には行けず、「大丈夫」と抱きしめてくれる人は誰もいなく、孤独な日々でした。
少し大きくなり、8歳になった頃、物乞いをやめ、飢えや病気に苦しむ弟のためにも働くことを決心し、スーパーで働きはじめました。朝から晩まで、自転車で宅配の仕事をしました。読み書き、算数を学んで、みんなと一緒に学校に行きたいとも思いました。学校に通う子どもたちを見ては悲しむ私を見かねたスーパーの店主が、私を孤児院に入れてくれました。彼はとてもいい人で、私には物乞いや児童労働から遠い、よりよい世界を見てほしい、と孤児院を紹介してくれました。
孤児院に入ってからは、たくさんの愛情を感じ、安心感がありました。友達もでき、特にアマルとは仲良しになりました。
暖かくて、温もりを感じる家で暮らすという夢が叶いました。他の子どもたちと一緒に学校に通いはじめ、今では小学5年生になりました。スポーツや工作などの趣味や、課外活動を楽しんでいます。
子どもの権利についても、ちゃんと学びました。孤児院の職員たちは、母親代わりになってくれ、無条件の愛情と教えを与えてくれます。協力し合うこと、正直であること、他人を尊敬すること、他人の為に行動することの大切さを学びました。
そして、自分の将来について真剣に考えるようになりました。私は将来、子どもの権利を守る弁護士になって、世界中の子どもたちが安全で平和な場所に住める手助けをしたいです。
私はルカイヤ、公園出身。無情な現実と闘い、自分にふさわしい生き方を見つけました。

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イラク戦争の影響で、イラク難民がシリアに流れ込むと、秩序が崩れ、貧富の格差が広がりだした気がします。写真は2008年のダマスカスで撮影。いつの時代でも子どもたちの権利が守られなければなりません。

by team-beko | 2021-12-16 14:26